構造と識別~構造推定と計量経済学に関するトピックを紹介する

踏み込んだ構造推定の日本語の文献がネットに転がっておらず、「構造推定」という響きのかっこよさに夢を抱いたりする人や、響きのうさんくささに勘違いしている人も多いので、土地勘のある自分が日本語でまとめます。気が向いたら。全ての記事はベータ版でござい。

日本語で学べる構造推定の文献リスト[適宜更新]

Updated. 2021.Oct 17 ノーベル経済学賞がAngrist, Card, Imbensに渡ったのを記念に更新。

 

www.jstage.jst.go.jp

 

 

Updated.2020Jan02

 こちら確認したのですが、

動学モデルと数値解法
上田貴子

University of Tsukuba, Institute of Policy and Planning Sciences, Discussion Paper Series 675 1996年-

というDPがあるそうです。ネットでは見つかりませんでした。

 

www.sankeisha.com

こちらは、下で紹介していた紀要論文のsingle agentとdynamic gameの章(もう公開はされていないのかも)にstatic demandのBLPのMPECとNFPをpythonで解いたものが載っています。Kindle版を購入したのですが、初学者向けとして貴重なテキストだと思います(Githubにコードをあげてほしいですが。。。)

 

www.nippyo.co.jp

定量マクロ経済学数値計算 vol.7
世代重複マクロモデル ……北尾早霧・砂川武貴・山田知明

こちらのシリーズは(ヘテロ)マクロがメインですが推定以外の動学的な数値計算手法はオーバーラップする(ということを最近知った)ので、念のため紹介しておきます。

 

 

https://www.terrapub.co.jp/journals/jjssj/pdf/4402/44020451.pdf

 有限混合モデルを用いた動的離散選択計量経済モデルのノンパラメトリック識別
笠原博幸,下津克己
日本統計学会誌, 第44巻 (第2号), pp. 451-470, 2015

 

unobs heteroが入ったモデルを推定するのであればArcidiacono&MillerかKasahara&Shimotsuのアルゴリズムしか暫定ではおそらく存在しません。こうした最先端の専門的な手法が母国語でも存在するというのが凄いですね。

 

 

 

Updated 20190819

日本語で構造推定あるいはその応用について述べている文献をリストアップしてみます。ググって検索できる範囲でひっかかるものや、専門のトレーニングを経ていない人(学位だけでなく、構造推定周りのトピックコースをとったことがない他分野のプロも含む)のコメントは多かれ少なかれ芯をはずしているか伝聞が多いと思うので、以下に(あくまでも一個人の判断基準で)信頼できるソースを、公共財および個人備忘録として残しておきます。

 

当然、英語が読めるのであれば、たくさん文献はありますのでそちらを探してください。

 

また構造推定のスキルを実務でも応用できるのか、という点については関心がある方は、以下のまとめをご覧ください。海外大学→amazon japan→東大というアカデミアと民間の往来を経験された渡辺先生のコメントは、民間の企業でも構造推定スキルが有用であることを示すひとつの例だと思います。 

togetter.com

しばらくして、構造推定のスキルを実務で応用してみたい、 あるいは、自分のデータ分析スキルに組み込みたい、というモチベーションが少しでも湧いてきましたら、構造推定に携わる研究者のTeachingやlecturenoteがネットに山ほどあるので、「何を勉強すべきか」をそちらで掴んでください。自分が思いつく範囲でも、新しめの計量経済学理論と新しめのミクロ経済学理論を応用(と拡張)できる素地、それらを数値計算とデータ分析に移せるだけの実装能力、がある程度高いレベルで必要だと思います。その分、参入障壁が高いため、意欲ある学生の方は、技術投資できる時間を作れるうちに勉強してみると、一つの武器としていいかもしれません。構造推定も誘導系もできますって若手が増えている気がします。

また、流行りまくっている機械学習等のモデルを構造推定にも部分的に組み込んでみる、という研究グループがいくつか存在します。仮定と結果、モデルの解釈可能性にかんしては構造推定は非常にシャープなので、補完しあう技術として将来性があるらしいです。お互いにspilloverがあると嬉しいですね。AIとの関連性なども、伊神先生が一連の記事と論文を書かれていますのでそちらを参照してください。ECONCSと呼ばれる分野との共同研究もあるらしい、と聞いていますが詳しい方は教えてください。

business.nikkei.com

 

ちなみに、近年は、構造推定も使える学生あるいは教員を、専門家として雇う、彼らと共同研究する、もういっそヘッドハンティングする、という選択肢が米国を中心にとてもとてもとても増えています。Amazon.com Universityがあれば、構造推定で間違いなく一枚板で最強なんじゃないでしょうか。

 

注記:手法の性質上、計量理論家、実証屋、ミクロ理論家、分析対象に携わる実務家、といった各方面からぐさぐさに刺されることにおびえつつも、ネットの海にこの文章を放流しています。また、構造推定の導入が盛んだと思われる産業組織論(IO)、労働経済学、マーケティング(ポリエコ、公共経済学)の順に、暗黙に注目優先度がついています。

上記の点、ご容赦ください。気になる点があれば、ぜひコメントをいただきたいです。

 

・概観編

日本経済学会75年史 -- 回顧と展望

以下の市村先生のチャプターは労働経済と産業組織論をバランスよく概観しておりもっとも信頼できると思います。意外とみんな読んでいないけど、最先端の課題にも触れておりJEL並みに密度が濃いと思います。

 

www.amazon.co.jp



 

進化する経済学の実証分析 経済セミナー増刊

個人的には労働経済学に比重が置かれてると感じますが、誘導系と構造推定に関する比較等が丁寧に追われてる中嶋先生のチャプターとその元ネタのHeckman(2010)は必読です。計量経済学、実証、応用理論の3者の視点が見られる鼎談は、あまり英語でも見ない気がするので貴重な資料だと思います。全体的には踏み込みが足りず、同じ内容が他の人から語られているだけで、「著者の構造推定への理解にムムム?」と感じる部分もあります。

www.amazon.co.jp



 

今井晋・有村俊秀・片山東『労働政策の評価』(2001)日本労働研究雑誌497号

ぐぐると一番上にでてきます。2001年時点でのサーベイということで、まだ応用論文がほとんどないことを念頭に置いて読むと非常に面白い。Imai先生は構造推定の手法を2001年以降作られている方でもあるので、手法面の概観としても信頼できます。マクロ経済学専門家の楡井先生による2010年のフォローアップ

https://www.rieti.go.jp/jp/columns/a01_0281.html

も興味深いです。

 

db.jil.go.jp

 

「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明

構造推定を基にした研究の結果を参照した啓蒙書は多分たくさんあるはずですが、モデルについてもさりげなく丁寧に紹介しているという点で、世界で唯一の書籍だと思います。

sites.google.com


 

 

 

SNS、ブログ編

安田先生の以下のブログポストには、構造推定に取り組んでいる当時の院生や若手の先生方のコメントがついており、2010年前後の事情がとてもよくわかります。2010年前後はひとしきりapplicableな手法がWPからパブリッシュされた時期(ちなみに2007年のEconometric society出版のAdvances in Economics and Econometricsには3編、2013年にも3編、構造推定IOの特集されています。)なので、激動の時代って感じがします。また、米国経済学会で「構造推定VS誘導系」みたいな特集論文が山ほどJELやJEPで組まれたのも2010年なので、激動感があります。当記事は、このブログポストのアップデート版と意識して書いております。

 

blog.livedoor.jp


 

川口先生の過去のつぶやき

手法がかなり先鋭化していったためか、あるいはSNSに全て吸収されたためか、日本語による手法へのコメント記事みたいなものがパッと消えた印象があります。そんななかで、2010年以降の構造推定手法へのキャッチアップについては、川口先生のつぶやきが最も密度が濃いです。特に学生時代のコメントは、学習過程や理解の変遷が詳細かつ高密度に記述されており、とても貴重な記録だと思います。英語でもここまで詳細な記録は見たことがありません。自分は学部時代に拝見して以来、影響を少なからず受けており、他分野から経済学に専門を変えました。

twitter.com



以下のつぶやきまとめも構造推定を応用する労働経済学者である山口先生の観点が見られて興味深いです。

#20190819追記。山口先生が動学的離散選択モデルの構造推定に関するチュートリアルセッションスライドを公開されています。山口先生、ご連絡ありがとうございます。

togetter.com

docs.google.com

 

190821追記。2013年まで書かれていた匿名ブログです。いくつか構造推定の論文がモデルの詳細についても記録されており、某スクールのトピックコースの雰囲気が分かります。

 

econometrica.hatenadiary.org

 

190821追記。東大の工学系のグループです。使われている手法は、構造推定で用いられる計量手法とかなり被っています。サマースクールの資料やコード等も公開されています。(門外漢なので、詳しい方教えてください。

twitter.com

 

 

 

渡辺先生のこちらも再掲します。

togetter.com

 

こちらにはNYUスターンのIshihara先生のことが書かれていました。個人的にはUPenn,NYUという構造推定手法のフロンティアで、計量手法を作られている先生として存じていたのですが、日本にも来られていたのですね。

blog.goo.ne.jp

 

・応用分野編

プロダクト・イノベーションの経済分析

Appendixや前半の章に、産業組織論で使われる構造推定アプローチを丁寧に解説しており、学部後期レベルでも読めるような解説が書かれています。全て静学モデルです。また、後半の章では日本のデータを利用した構造推定による分析が書かれており、「構造推定で何が可能になるのか、どんな反実仮想が描けるのか」という点が分かりやすく書かれています。

 

 

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 部分識別入門 計量経済学の革新的アプローチ

部分識別に関する唯一の日本語書籍です。労働経済学における政策効果や因果推論の上限と下限の推定を中心に教えられることが多いですが、産業組織論における複数均衡問題に対処する一つの選択肢として必ず教えられます。どちらも触れられていますがあくまで導入です。

 

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日本語による生産関数推定についての推定手法の文献サーベイです。[Updated.2021May14]

 

 

日本語によるsingle agent dynamicsとdynamic gameの推定モデルの紹介が大学紀要論文としてオープンになっています。専門的に触れてみたい場合はとてもよい導入だと思います。

 

handy.n-fukushi.ac.jp

 

日本語による静学参入ゲームについての推定手法の文献サーベイです。かなり新しめの文献までカバーされています。こちらも大学紀要論文としてオープンになっています。

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/232717/1/kronso_188_4_59.pdf

 

 

 

黒澤昌子「積極労働政策の評価 レビュー」『フィナンシャル・レビュー』2005,N

労働経済学における政策評価モデルの構造推定的な要素について、「費用便益分析の枠組みでとらえる」という視点で触れられています。

http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_11172968_po_r77_197_220.pdf?contentNo=1&alternativeNo=

 

 

 阿部誠(2014) 近年のマーケティング・サイエンスのトレンド
─ 構造モデリング

ちゃんと「まぎらわしいのだが,これは統計手法の共分散構造分析(Structural Equation Modeling)とは全く別物であることに注意されたい。」と書かれている。ちなみに産業組織論の研究者が、個人データがリッチなマーケティング分野に参入することは近年とてもとてもとても多い。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/marketingscience/22/1/22_220101/_pdf

 

 

企業結合規制の経済分析

法律よりの独禁法に関する文献はたぶんたくさんあるはずですが、こちらは博士持ちコンサルの方が書かれているだけあって、経済学寄りで構造推定手法の実務への応用がよくわかります。企業や政策の実務で使われる手法が何かを知るためには非常に有用です。

 

https://www.amazon.co.jp/%E4%BC%81%E6%A5%AD%E7%B5%90%E5%90%88%E8%A6%8F%E5%88%B6%E3%81%AE%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%88%86%E6%9E%90-%E7%9F%B3%E5%9E%A3%E6%B5%A9%E6%99%B6/dp/4502098108/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&keywords=%E4%BC%81%E6%A5%AD%E7%B5%90%E5%90%88+%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%88%86%E6%9E%90&qid=1566184514&s=books&sr=1-1

 

上記以上のテクニカルな内容は、それぞれの原論文を読むしかありません。もしほかにご存知の日本語記事がありましたら、ご紹介ください。